ヒロミの命を脅かしたロケット花火事故と不思議な体験:生死をさまよった34年前の衝撃的な出来事
2025年1月7日に放送された『ザ!世界仰天ニュース』4時間SPでは、ヒロミが34年前に経験した命を脅かす事故と、その後の不思議な体験が語られました。1990年代、過激なテレビ企画が人気を集めていた中で、ヒロミもまた一大チャレンジに挑んだが、その結果、命がけの事故に巻き込まれることになったのです。今回は、その壮絶な経験と奇跡的な回復の過程を振り返りながら、ヒロミが体験した不思議な出来事にもスポットを当てます。
ロケット花火1万本の企画とその危険性
1990年代のテレビ番組は今では考えられないほど過激な企画が多かった時代です。特にヒロミが所属していたB21スペシャルの番組はその代表例で、常に視聴者の期待を超えるような企画を実行していました。ヒロミが挑戦したのは、ロケット花火1万本を背負って「宇宙に行く」という衝撃的な企画でした。
この企画では、スタッフが安全面を考慮して箱に断熱板をつけ、ヒロミを耐熱スーツで保護しながら収録が始まりました。しかし、想定外の事態が待ち受けていました。ロケット花火は想像以上に威力が強く、箱すら浮かない状況となり、さらに火の粉がヒロミの足元に集中。ロケット花火が一気に点火されると、強烈な熱風がヒロミの足元を直撃し、ついにIII度熱傷を負うことになったのです。
病院へ搬送されるも、命の危険が迫る
やけどの状態は非常に深刻で、ヒロミは**身体の25%**をやけどし、特に広範囲のIII度熱傷を負っていました。III度熱傷とは、皮膚の全層が損傷し、神経が損傷するため痛みが感じにくく、非常に重症です。このため、ヒロミは意識が朦朧とし、病院へ向かう途中で水をかけながら、痛みを感じることなく搬送されました。
意識を失い、病院に到着すると、すぐにやけどで壊死した皮膚が取り除かれ、専門の治療が施されました。やけどで皮膚が失われると、体温調節が効かなくなり、脳や心臓に血液が届かなくなる危険が伴います。ヒロミはそのまま命を落としてもおかしくない状況でしたが、奇跡的に手術を受けて助かったのです。
不思議な体験と幻覚の中での回復
ヒロミが意識を失い、意識が戻った後もその体験は非常に不思議でした。強い痛み止めを使いながらも、ヒロミは幻覚に悩まされました。ある日、病院で女性と娘らしき声が聞こえ、会話をしたものの、相手の姿は見えなかったと言います。また、病院の入り口に牛乳を飲んでいるおじさんが見えたとも語っています。
さらに、リハビリの最中、皮膚が引っ張り合うことで関節が思うように動かず、痛みに耐えながら、日に日に回復していきました。ヒロミは、薬の副作用やかゆみに苦しみ、無意識に移植した皮膚を傷つけてしまい、手を縛ってかゆみに耐えることもありました。
事故から2ヶ月半後、奇跡の退院
事故から約2ヶ月半後、ヒロミは奇跡的に退院を果たしました。その間、リハビリと手術を繰り返し、身体の回復に努めました。さらに、退院後も意外なことにドラマに1カット出演するなど、徐々に仕事にも復帰していきます。
まとめ
ヒロミが経験したロケット花火事故とその後の不思議な体験は、まさに命を脅かす壮絶な出来事でした。過激なテレビ企画が全盛期だった1990年代において、ヒロミはその危険なチャレンジによって一度は命を落としかけましたが、奇跡的に回復を遂げました。彼がその後もテレビや芸能活動を続けることができたのは、まさに奇跡的な回復力と周囲の支えがあったからこそでしょう。
今回の放送では、ヒロミが自らの命をかけて挑戦した当時の過激なテレビ文化と、それによって引き起こされた事故、そしてその後の不思議な体験に触れることができ、視聴者に強い印象を与えました。